制作意図

現在取り組んでいる一連の作品は、東京での現代の日常生活の中で様々な形で求められる要求や周囲をとりまく喧騒に対する私なりの反動であり、そのような喧騒の中に平静を見出そうとした経験と探索の産物である。線や色やイメージを通して、ゆっくりと少しずつ線を繋ぎ色を重ねる行為は、まさに私自身の存在(―自分や自分の行動や記憶)について内省したことの具現化であり、その中で抽象的であれ表象的であれ1つの作品が生まれる。作品では、新しく加えた線や色は、それ自体が新しいものや再生されたものとして1つになる。それと同じように、過去のことについての振り返ることは人の感覚を進化、変化させる。その過程で、その瞬間のエネルギーを感じ、取り戻し、保持し、そして対象や形を通して作品の中でそのエネルギーを表現したい。

1つ1つの過程が次の過程に繋がり影響する。そして1つの作品が生まれる。作品はインクで描いた単純な線から始まる。1本の線は続くこともあれば途切れることもあるが、常に他と繋がり交差している。線は繋がり、時にインクが垂れ下がり線となり、そこから顔が現れる。その顔はキャンバスで同じ時間、空間、形を共有している。色を選んだ後はそれを感情のままにキャンバスに置く。そして既存の形や解釈を変える。色をキャンバスに置いた後、色に隠れた形や見える形をインクでなぞる。それにより作品はその作品の持つ輝きを放つように仕上がる。制作の過程は、最初は特に速く自由で流れるように進む。そして制作が進むにつれ、少しずつスピードを落とし、より集中し内省する。作品制作の後半は瞑想を伴う。制作過程はゆっくりとなり純粋な抽象的形状に目を向け、私自らも作品そのもの以外のことから開放される。

私が過去に制作した作品や常に制作したいと思っている作品は、とても内省的、直感的であり、言葉では十分に表現できないような心の状態を探索し表現したものである。そうした内省に必要な時間も平穏も見つけるのがますます難しくなってきている。日常で求められているもののため、情報や誘惑に感覚も空間も圧倒され晒されているがためかも知れない。これは私たちが生きてる時代の特質のせいかもしれない。しかし私にとってとても大切なのは、たとえ短時間でも、そうした喧騒やそこから起きる無感覚な状態から自己を解放することである。私にとってこれらの作品の制作は、一過性のものではなく実体のあるものを創造するという意識的行為であり、瞑想であり癒やしでもある。この創作活動を通して、私は自らの時間、意志、そして健全な感覚を取り戻すことができると感じている。

Share